父親(故)をなんとなしに分析してみる…

   

実は僕の父親はかなり変わった人だったんだよ。どうやら、僕から見たらって事じゃなくって、だれから見てもかなり変わった人だったんだ。父親が居なければ僕の存在は無かったし、今の僕は無かっただろうから、もちろん感謝しているんだよ。にしても、このかなり変わった人を、分析せずにはいられないんだよ(笑)まず、経歴から上げていこうと思うんだ。

経歴

徳島県出身。高校は阿波高校を卒業し、一浪したのち東京大学 理科三類(当時は有ったのかな?良くわからん…)に入学。「気持ち悪くて吐く」という理由で理科一類に転科(こういうのって転科って言うのかな?)。卒業後、官公庁(徳島県庁って聞いてたり、農水省って聞いてたりするので正確に把握していない)に就職。が…「自分を試したい」って事で、石川島播磨重工に転職。定年まで勤め上げた(課長どまりだったみたい…まぁ病気が原因て聞いてる)後、ドバイのファブテックって会社に再就職。ドバイショックと共に退社し、自宅で生活していたが胃癌が原因で死亡。

まぁ、これだけ読んだら「はいはい…分かったよ…」ってげんなりしちゃうような(華やかに見える)経歴だね…。まぁ、裏側が見えないからそう感じるんだと思うんだよ。

性格(性質?)

ちょっと、性格・性質を書いてみるよ。

記憶力は抜群だけど、応用力はほぼゼロに近い。
カセットデッキで再生できても、ビデオデッキは再生できない…もちろん旧式なので余計な機能は付いていない。

客観的に見ると、責任転嫁の天才。
石川島播磨を退職してファブテックに再就職するにも、自分で決められず占い師に占ってもらって決めていた。母親は父親の性格を良く知っていたので「あなたが決めたことに従う」って言い続けたそうだよ。

絶対に賞賛せず、人一倍文句を言い続ける。
東京から徳島まで車で行こうって自分で言いだして、最終的に「なんで車で行くことにしたんだ!」って怒り始める。

どうやら自分が絶対に正しいと思っている。
僕が離婚調停でごたごたしていた時に、自分勝手な解釈で混乱させ挙句の果てに「法律が悪いんだから俺の言うとおりにしろ!」って怒り始める。それだけなら良いけど、父親の言った通りにしないと激怒される。

良いところ探すのが難しい(笑)実の親だから、良い所が当たり前になっちゃっていて、なおさらそうなのかもしれないね。あえて言うなら、記憶力だけで東京大学に入れるだけの、努力家だったってところかな…。(それだけ問題のパターンを記憶しているって事だから…)

なんでこうなった???

背景を探ってみたいと思うんだよ。ただし、推測が多くなっちゃうのは勘弁してほしいんだよ。僕が徳島に遊びに行くと、親戚やら近所の人やらに、かなりチヤホヤされているのを見かけるんだよ。何かを言えば「さすがですね!」って、周りの人が言っちゃうんだよ。周りの人と色々話をしていると、どうやら「学歴社会」がかなり強く残っているみたいで、僕なんかは「私立大学」って言うだけで、鼻で笑われた経験もしているんだよ。どうやら、父親は子供のころから勉強虫でそれを考えると、子供のころからチヤホヤされていた可能性が高いんだ。たぶん、この時期に父親のライフスタイルが決まったんだと思うんだよ。

母親に話を聞いてみると、父親は病気をするまでは温厚な普通の人だったって言ってるんだ。石川島播磨に転職した後、イタリア出張でお酒を飲みすぎて重度の膵炎を起こしたんだよ。初めは癌かもって言われたらしいんだけど、お腹を開けてみたら膵臓が石灰化してたらしいんだ。この手術で膵臓の大部分を切除して、糖尿病と一生付き合わなくてはならなくなっちゃったんだ。

探ってみる

たぶん、この時に「東京大学卒のキャリア」から外されるんじゃないか(もしくは外された)と言う焦りがあったと思うんだよ。父親の昔話を聞いていると、「病気があっても産業医の意見を無視して仕事をしていた」って言ってたから、潜在的にはかなり焦っていたと思うんだ。で、結局焦って体調を悪くして、また焦ってを繰り返していたみたいなんだよ。

おそらく、少年期の自信が仕事や病気で打ち砕かれて、潜在的に理想の自身と現実の自身のギャップに苦しんだと思うんだ。つまり、劣等感を抱えたと思うんだよ。それが、「とにかく文句を言う」「怒りと言う手段を持って自身を正当化する」「非を被らない様に責任転嫁する」って形になって表面化したんだと思うんだ。この状態をアドラーは優越コンプレックスって呼んでいるんだよ。

そんな親でも…

離婚して実家に戻って父親が死ぬまでの2年間、喧嘩ばかりしていたんだ。一生懸命、僕の事を「ダメなやつ」って家族・親戚に触れ回っていたんだよ。まぁ、もうその時には父親の素性が親戚に知れ渡っていたから、父親の言う事を真に受ける人は居なかったんだけどね…。だから、余計に「ダメなやつ」を触れ回って…悪循環になっていたんだ。きっと、父親は僕と比較することで自身の存在を皆に認めてほしかったのかなって思うんだよ。

最後の最後まで喧嘩状態だったけど、死ぬ前に「ありがとう」と一言かければ良かったなって思うんだよ。多分その一言で、父親は安らかに永眠できた思うんだ。そんな感じで、時々反省したりしているんだよ。

心の片隅に…

結婚して子供ができると、親は子供を自分のコントロール下に置こうとしてしまうんだよ。もちろん、物心つく前は子供にとって危険な事が周りに沢山あるので、コントロール下に置くことがすべて悪いとは言わないんだ。子供は人格ができてきたり自律してくると、親のコントロールからの脱出を図るんだよ。これは反抗期って呼ばれているけど、子供が成長した証なんだ。だから、親として(心の中では喜びながら)上手にコントロールを緩める必要があると思うんだよ。

そして、必ず子供は親を超える時期があるんだ。「子供は年齢と共に成長する」けど「親は年齢と共に衰退する」からね。きっと、この親を超えた瞬間こそが、「親離れ」「子離れ」する時だと思うんだ。親離れって言うのは「親は死ぬまで親だけど、いつまでも子供ではいられない」って事で、子離れって言うのは「子供は死ぬまで子供だけど、いつまでも親ではいられない」って事だと思うんだよね。つまり、親離れ・子離れは「させる」のではなくって、自身が「する」事だと思うんだ。

親はどんな駄目な人間でも親だし、子は子なんだよ。関係は切り離せないんだ。だからこそ、前出の「xxは死ぬまでxxだけど」って部分は感謝でつながっていてほしいと思うんだよ。


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