今更ながら『生きる意味を求めて』を読んでみたよ

今回紹介するのはアルフレッド・アドラーの「生きる意味を求めて」だよ。これまでアドラーガーッて言ってきたんだけど…アドラーの執筆した本を読んでいない事に気がついちゃったんだよ…(^_^;)

今までの知識って、著者のフイルターがかかった情報だったんだよね…研修も本も本人が書いた原書がすべてで、解説書は削除されたり追記されたりして著者の意図が含まれてしまうんだよね。そういう意味でまずは原書を読まなければ話が始まらないと思うんだ。ただ…原書と言っても、僕は英語もドイツ語も分からないので翻訳版しか読めないんだけどね…(アドラーはオーストリアの方なので原書はドイツ語です)

さて本題に戻るよ。この本はアルフレッド・アドラーが最後に書いた本なんだそうだよ。そういう意味で、アドラー心理学の前提知識が少し必要になると思うんだ。とはいえ、アドラーの文章はなるたけ専門用語を使わないようにしているので、たとえば「人間性の心理学―モチベーションとパーソナリティ」に比べたらずっと読みやすいんだよ。

内容だけど、この本は主にライフスタイルの間違いについて言及しているんだ。ライフスタイルの間違いは全て共同体感覚の不足にあるって言っているんだよ。共同体感覚って言っても、なかなか難しいんだけど…本書の最後のほうに共同体感覚について説明がのっているんだ。とはいえ、なかなか専門的になっているから、むしろホセ・ムヒカの「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」を読んでみるとわかりやすいと思うんだ。(我が家は絵本版を購入したよ)

「嫌われる勇気」を呼んだ人と会話をしていると、「課題の分離」の話が必ず出てきて「共同体感覚」の話が必ず出てこないんだ。もし、このブログを読んでいてアドラー心理学の軸は「課題の分離」だと思っている人が居たらそれは大きな間違いなんだよ。まちがいなく、アドラー心理学の軸は「共同体感覚」なんだ。この本を読んでみると、それがすごく伝わってくるんだよ。

最後に…本書の中にフロイトへの批判が所々に出てくるんだ。フロイトとアドラーはその考え方の違いから仲違いしたんだ。「アドラーはフロイトの弟子ではない」って話があるけど、それについてもアドラー自身が言及している文章も載っているんだ。フロイト派とアドラー派の小競り合いは、創造よりずっと激しかったみたいだね…。共同体感覚を持っていると思われる、アドラーを腹立たしく思わせるくらいだからね。